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読書は人間の夢を見るか

平々凡々な社会人の読書と考えたこと。本文・写真についてはCC-BY-SA。当然ながら引用部分等の著作権は原文著者に属します。

「社会学を概説する」ということ

さきほど、車に乗ってきました。
へたくそなんですよ。
東名に川崎から乗って、用賀でおりるつもりだったんですが
間違えて首都高にのって、渋谷まで行ってしまいました。

昼間新宿でも迷ったし、方向音痴健在だった。


さて、僕は社会学専修課程にいるわけです。
大学に入る前から、心に決めていたので、惰性、ということでもあるのですが。
(そのころは、「ハゲの社会学」をやろうと考えていました。はげということが逸脱としてラベリングされ、あまつさえ医療化されるプロセスについて、メディアにおける表現を通じて研究しようかと)


社会学に進学して
社会学史、だの
社会学概論、だのあるわけですが
意味わからん。だから、解説書をよんでみます。


[rakuten:book:11360588:detail]


社会学概説の本というのはたくさん出ています。
例えば中公新書富永健一社会学講義』なんていうのは
よくできた本として有名です。


この本が、そうしたものと趣を異にするのは
著者である内田隆三が、社会学を学んできたその道筋を同じようにたどっているところだと思います。
大学に入ってからの進路の悩み、社会学を専修するに至る道。
そして、どのように学んでいったのか。
それを追体験(非常に簡略化してですが)することで、
社会学を学ぶこと、を学ぶことができるように思います。


そもそも、社会学を概説するなんて
とてもじゃないけど常人にはできないような難作業です。
そもそも、社会学の射程は広すぎるし、やってることはばらばら
お相撲さんが食べてるものはなんでも「ちゃんこ」とよばれるように
社会学者」がやってることは全部「社会学」なのが現状ではないでしょうか。
(実際この本でも、「柳田邦夫」「ベンヤミン」は多少流れから外れて入れられています)


ならば、カタログ式にすべてを示していくことは非常に難しいことです。そのとき、できることは社会学の対象である「社会」についての考え方のオーソドックスを示していくことでしょう。
これは、非常な禁欲(ウェーバープロテスタントに見たような)
を要求します。


この本は、自らの視点であることをあらかじめ宣言することで
その禁欲を回避しているのではないでしょうか。
そのほうがよんでて面白いですしねw


社会学講義―人と社会の学 (中公新書)
富永 健一
中央公論社
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