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読書は人間の夢を見るか

平々凡々な社会人の読書と考えたこと。本文・写真についてはCC-BY-SA。当然ながら引用部分等の著作権は原文著者に属します。

闘いとしての政治/信念としての政治【後篇】

イベント

昨日に引き続き簡単なまとめです。


セッション2は「社会と正義」をテーマにして行われました。
しかし、20時30分終了の予定がこれが始まる時点でもう20時15分くらいな状態。
スピーディーな進行になりました。


北田先生から前説。
オウム事件の時(野中は官房長官)に、破防法を適用すべきと「ハト派」らしからぬ行動をとったり、
改正住基法、国旗国歌法男女共同参画、など「社会と正義」に関連しても重要な位置にいた野中はアンビバレンツな行動をとってきた。
ということを念頭に、セッションが開始。


姜先生
野中のやってきたことは旧内務官僚的な仕事ではなかったのか。
日本でもタブーとされた被差別住民というマイノリティーからセキュリティを担う位置へと立ち位置が変わっていった。
情報をコントロールする重責に立つにあたって考えてきたことは何だったのか。


野中先生
それは偶然だった。
初めて国会に出たときに国会とはなんといい加減な場所だろうと思った。
みんな、途中で席を立って出かけてしまう。そして、みんな国会職員の作った同じような質問を読んでいる。
どうしても建設委員会に出たかったので金丸にお願いして、代理としてもぐりこませてもらっていたが、
こうした、国会の慣習に対してたった一人でできる改革として、ずっと座り続ける(聞き続ける)ということをやった。
出席率の良さから、重要法案審議にあたって逓信委員会などに任ぜられることになっていった。


北田先生から人権保護法についての説明があって、森さんに。


森さん
日本のメディアは世界一自由であるはずなのに、自主規制によって、自ら自由をさまたげている。
国境なき記者団のランキングで、40〜50位)
実際にやっていいこと悪いことは文書で分けられるものではない。
人権保護法を作ることで、その隙間が不可視のグレーゾーンになっていってしまう。
かつての戦争のときには新聞が大きな役割を果たしたが、
より訴求力の強いテレビやインターネットなどのメディアが出てきている。
これは民主主義にとって、両刃の刃ではないか。


野中先生
テレビに出てくる事業仕分けに乗せられてはいけない。
政治家が公務員を懲らしめてかっこいいと見えるかもしれないが、
実際には財務省のシナリオ通りだ。
メディアがそういうバランスをとりながら出なくては、民主主義は発展しない。


ここで時間がなくなったので、まとめに入る。


姜先生
金大中と野中の共通点は歴史にむきあっていること。
そして立場があるにもかかわらず、驚くような決断をするところにある。
(金は首相に対抗を据えた)
信念は一貫性ではなく、その先で何を実現しようとしたかを見るべきではないか。
自民党50周年のイベントに出たときに、裏で武部・世耕とまっていた。
中曽根がしゃべっているときに、彼らは「このおっさんは今更出てきて何を言っているんだ」というようなことを言っていた。
その政治的信念に異論はあるとはいえ、大きな政治家である中曽根にそういうお前らは何さまなんだと思うと同時に、
自民党は終わったと感じた。
小泉政治は「ダーティーな鳩」が分解していく過程ではなかったか。


森さん
デモクラシーの暴走・セキュリティの上昇。
あえていえば、凶悪事件は増えたのではなくメディアに取り上げられやすくなった。
そういう社会の変革期にいた野中は問いただしたい対象でもある。
しかし、今日話を聞いて全体としてわかってきた部分もある。
日本の部落差別は、世界のほかの国の差別と比べても特異。よくわからないといわれる。
どうしてそんな意味のわからない差別が残っているかといえば、それは一人一人が見つめていないから。
見つめればすぐになくなる。


野中先生
小泉政治によって、日本社会は壊れていった。
若い世代には「保守」すべきものは何かを考えてほしい。


非常に簡単ですが、こんな感じだったと思います。
僕にはこう聞こえていた、ということで。


さて、なぜこのシンポジウムが開催されたのか、について考えてみたいと思います。
それは、野中先生が「意味」の次元で「政治」をまわし続けた人だからなのではないかと思います。
今、情報技術の進展によって、アーキテクチャ的なものに注目が集まっています。
曰く、Twitterで意見を集約しよう。初音ミクを政治家にしよう。
ルソーの一般意思論などをひきつつ、「仕組み」を作ることで、よりよい社会を設計しよう、という考え方が大きくなっています。
この流れを否定するものではありませんが、それだけでいいのか?というのはあると思います。
この日、シンポジウムに登壇した野中先生・姜先生はマイノリティとして当事者であり、森さんは注目されないものに、カメラをあててきました。そこにポイントがあるのではないでしょうか。
「信念」や「闘い」というキーワード。
意味レベルで政治を動かしていくということをしっかりと見つめなくてはならないのではないか。
そういうメッセージを私はこのシンポジウムから感じました。



まとめには入れなかったけど、おもしろかったこと。
・マイクがハウリングした時の林先生が萌え
・野中先生「個人に頼るようになってはいけない。組織が血と汗を流さなくては」