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読書は人間の夢を見るか

平々凡々な社会人の読書と考えたこと。本文・写真についてはCC-BY-SA。当然ながら引用部分等の著作権は原文著者に属します。

歩きスマホは違法にするべきか

Should using your mobile phone while walking be outlawed?

Mark Giancaspro, University of Adelaide

※本稿は、The Conversationに掲載された"Should using your mobile phone while walking be outlawed?"の全訳です。著者であるMark Giancaspro氏の許可を得て翻訳しました。*1

 

携帯電話は、私たちの生活に与える恩恵の一方で、公共の安全に対する真の脅威―路上での使用や電磁波とは別に―ともなります。

今日では、多くの携帯電話ユーザーが、歩きながら携帯電話でメールを打ち、あるいは、その他の機能を熱心に使用しています。これは公共の場所でよくみられる光景です―特に道路横断の時には。

オーストラリアでは、3人に1人もの歩行者が、道路横断の際に携帯電話を使用しています。ニューサウスウェールズヴィクトリア における死傷した注意散漫な歩行者の増加に関する最近の報告では、歩きながら携帯電話を使用することを明示的に違法とすることが呼びかけられています。

何が問題か?

米ウェスタンワシントン大学の研究者による2010年の研究で、携帯電話を使用する歩行者は

…そのほかの歩行者と比して、歩行速度が遅く、方向を頻繁に変え、他の人々に気づきにくい

ということが分かっています。

このことは、彼らをより大きな事故のリスクにさらすことになります。

そうした行動はまた、状況認識を低下させ、「不注意による盲目」(新しい特徴的な刺激に気づくことができないこと)を引き起こすことが示されました。研究の被験者は、歩いているいつもの道に一輪車に載ったピエロがいることに気付けませんでした。

更に最近の研究はこのように結論付けています。

歩行者の振る舞いは、注意のプロセス、視覚的及び聴覚的な知覚のプロセス、情報処理、判断そして動作の開始という認知スキルの複雑な組み合わせを要求するものである。

歩いているときに携帯電話を使うことは、これらすべてのスキルを危うくするのです。

オーストラリアの路上で命を落とす人のうち7人に1人が歩行者です。昨年には、165人の歩行者がオーストラリアの道で命を落としました。毎年、約3,500人が重傷を負っています。

歩行者の事故がオーストラリア社会に課す経済的コストは、10億オーストラリアドルを超えます。これは、当事者と家族の感情的な負担を計算に入れたものですらありません。歩行者が関わるほとんどの自動車事故はほとんどが歩行者の不注意から生じているという証拠もあります。

法律はどう述べるのか?

オーストラリアの管轄する区域においては、携帯電話を使用する歩行者を特にターゲットにした法令はありません。しかしながら、このような振る舞いは、信号無視の横断といった他の規定への違反によってとらえられるかもしれません。

例えば、 南オーストラリアでは、人は

…十分な注意をせず*2、又は道路を使用する他者に対する合理的な配慮を行わずに歩行してはならない。

他の州にも似たような法律があります。

オーストラリア道路法第14編は、オーストラリア各州及び準州における道路利用のルールの基礎を形作っており、電話の利用しているところが見つかった歩行者に適用される可能性のある違反の範囲について規定しています。

例えば、歩行者用信号が赤の時に道路を横断することは、不注意な人がよくおかす違反です。しかしながら、それは警察にとっては物理的に扱いにくいものであり、それゆえめったに執行されることはありません。

諸外国の経験からは、歩行者の携帯電話の使用を違法にすることは、法律を成立させるほどには単純ではない、ということが示唆されます。この振る舞いを犯罪とすることは、見たところ、立法者、法執行機関そして公衆を分断してしまうように思われます。

米国の5州アーカンソーイリノイネバダニュージャージー、ニューヨーク)は、みな、特に携帯電話を使用する歩行者を違法とする法令を導入しようと試みましたが、失敗に終わりました。もっと最近では、ハワイ州が携帯電話又はその他の電子的機器を持って通りを横断した者に250ドルの罰金を課すことができるとする法案を提出 しました。

他の例では、政府は携帯電話の使用を特定の場所に制限することによっています。中国ベルギー の街では、不注意な歩行者が害を与えないように携帯電話を使用する人々のための歩行レーンが備え付けられています。

しかしながら、こうした方法は、その悪習を間接的に容認し、歩行者の注意散漫の問題に取り組むのに失敗していると批判されるかもしません。

法改正にあたっての問題

歩行者に携帯電話の使用を禁止することは、運転中に携帯電話の使用を禁止することの自然な拡張のように見えます。データは語ります:歩きスマホをする歩行者は彼ら自身と公共に対する深刻な脅威である、と。

しかし、この悪習を犯罪化することは、基本的人権に対する重大な侵害であるでしょう。運転者が集中すべきであるということ、そして、スピードを出して運転しているときにその手ですべきことを決めることは、公共の場所にいる歩行者に同じことを課すこととは全く別ものです。

そして、どこに線を引くのでしょうか。電話を手に持っていること?使っていること?ちらっと電話の時間を見ることは、腕時計で時間を確認することと類似していますし、同じように無害であるように思われます。

しかし、電話をかけること、SMSやメールを送ること、ソーシャルメディアや他のウェブサイトにアクセスすること、文書を読むこと、そしてそれらに類似するものは集中と注意を必要とします。これらは二つとも、安全に道路を渡る際には、周りの状況を見て、潜在的なリスクを測り、道路をわたるというそれだけに用いられるべきです。

いくつかの研究では、携帯電話依存症が、現実的な事柄としてみなされています。私たちのスマートフォンへの過度の依存は、それを便利な道具から私たちの幸福に脅威を与える者へと変えてしまうのです。

おそらく、法的な介入は、この技術に対する文化的な強迫観念に取り組むための第一歩であり、歩行者に対し、電話、SMS、メールをしないことは死ぬよりも価値のあることだと悟らせるものになるかもしれません。


This piece has been corrected since publication.

The Conversation

Mark Giancaspro, Lecturer in Law, University of Adelaide

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.

*1:翻訳の誤りは訳者に帰しますが、本文中の意見にわたる部分を支持するものではありません

*2:原文はwithout due care or attention