読書は人間の夢を見るか

平々凡々な社会人の読書と考えたこと。本文・写真についてはCC-BY-SA。当然ながら引用部分等の著作権は原文著者に属します。

意匠と旗

最近政治的な問題との絡みで、①旭日の意匠は普遍的なもので、②旭日旗も従来軍国主義の象徴などとして認識されておらず、③問題化したのはサッカー選手の問題が起きて以降だ、という言説を目にするようになりました*1

①については、たしかにそういう部分がありそうです。見ようによっては何でもそう見える。

③については、よくわかりません。政治運動としての激化にはたしかにそういう側面もあるのかもしれません*2

ここでは、②、すなわち、2011年の事案以前に旭日旗と戦前・戦中期の日本が結び付けられていたかを見てみたいと思います。なお、行為の善悪や政治問題の是非には入らないものとします。

 

1.米英

日本生まれで、戦時中米海軍に所属し、その後同志社大学教授などをつとめたオーテス・ケーリ氏は、1991年の寄稿*3で、ペルシャ湾に向かう途中、東南アジアの国々の港に寄港する自衛隊旭日旗が掲揚されていることについて、否定的な見解を示している。

また、英国の郵便局が刊行する雑誌で、日本の特集が組まれた際、(日の丸ではなく)旭日旗が用いられると、退役軍人から抗議があり、撤回されたという例*4や、米国の退役軍人がパールハーバーとあわせてRising Sun Flagを燃やそうと計画していると伝えられたこともある*5

このように、一般に理解されていたかはともかく、少なくとも、実際に戦火を交えた退役軍人の間には、当時の敵国の象徴として理解されていた節がある*6

 

2.アジア

韓国は、といえば、1996年に戦後初めて自衛艦が韓国に寄稿した際の新聞記事において、

 旧日本海軍と同じ旭日旗を掲げた日本の練習艦隊の入港には、反日世論の強い韓国内で複雑な受け止め方もあるが、94年4月の訪日時に李炳台国防相(当時)が提案した日韓軍事交流の一環だけに、今のところ大きな抗議運動もなく、静かな入港となった。

自衛艦が韓国を初訪問 訓練航海の途中、静かに釜山入港」『読売新聞』1996.9.2

 とされているように当時から一定の反発があったことが伺える。

この点、木村教授も、旭日旗のもつ意味が特に注釈なく理解されていたことを示している*7

他にも、大喪の礼に際して旭日旗が燃やされた例*8や、2000年代に入って、日本のロックフェスティバルで、パンクバンドが「Fuck Japanese imperialism!」と言いながら旭日旗を引き裂くパフォーマンスを行った例がある*9

その他中国、香港においても、尖閣問題の関係で旭日旗を地面に書いて踏ませるようなことがあったり、似た意匠の服を着た女優が謝罪に追い込まれるなどの例があったようだ*10

このように、必ずしも反発の対象、ではなかったとしても、一定の象徴的な意味を持っていたのではないかということが推察できる。

 

3.なぜ近年になって盛り上がりを見せるのか

ではなぜ近年になってこの旗をめぐる摩擦が大きくなっている(ように見える)のか。

一つには、これが①国際的な場で、②国を表象するものとして扱われるケースが増加した、ということが挙げられるだろう。

自衛隊の海外派遣は、前出の1990年代初頭ペルシャ湾派遣から始まったものであり、韓国への寄港も1996年が初めてである。*11

近年、問題となっているのは、サッカー競技場での扱いであるが、日本でサッカー人気が盛り上がったのは、1993年のJリーグ開幕、そして、2002年の日韓共催ワールドカップにかけてのことである。それ以前の段階で、旭日旗が扱われていたかは、今のところわかってはいない(教えて下さい)が、90年代には、競技場に旭日旗を持ち込むべきではないとの投書も見られる*12

2012年の週刊誌にサッカーファンが振り回して外国人を挑発するように用いること等について海上自衛隊が不快感を抱いている旨の記事が掲載されたのは、従来一部に留まっていた旭日旗の使用が拡大していったことの傍証としてみることもできよう*13

この問題を考えるにあたっては、単に旭日の意匠というにとどまらず、旭日旗が、どのような場面で国の表象として扱われてきたのかを丁寧に検討していく必要があるだろう。

 

*1:Twitterでもよく見られますが例えば、現時点でのWikipedia 旭日旗 - Wikipedia

*2:木村幹「旭日旗問題に見る韓国ナショナリズムの新側面」『国際協力論集 』27(1), 2019.7, pp.32-33 http://www.research.kobe-u.ac.jp/gsics-publication/jics/27-1/kimura_27-1.pdf ただその前からサッカースタジアムでの掲揚は問題になっていたようにも思う

*3:「平和の象徴「日の丸」掲げて」『毎日新聞』1991.6.3.

*4:「英郵便局、雑誌に旭日旗使い謝罪」『日本経済新聞』1995.8.15.

*5:Rising Sun Flagは場合によっては日の丸を指すこともありそうではある。"Veterans Plan to Burn Rising Sun Flag,"  The Atlanta Constitution, 1991.12.3.

*6:大衆紙が、昭和天皇批判に旭日の意匠を用いた例があること(「英大衆紙天皇報道、誤認やどぎつい表現 日本大使館、抗議へ」『朝日新聞』1988.9.22.)や、マイケル・クライトンのRising Sunの例もあるので、研究を要するかもしれない

*7:木村 前掲, p.24

*8:「「大喪の礼」世界は見た 各国の反応 半旗・抗議・無関心」『読売新聞』1989.2.25.

*9:高原基彰『韓国のパンク・ロックにおける『日本』のシンボリズムーグローバルとローカルの交差点からー」『東京大学社会情報研究所紀要』65号, 2003, p.313. ただし、当該パフォーマンスを行ったバンドはむしろ日本に親和的な部分を持っていて複雑な背景があると考えられている

*10:「新しい日本像を(経済気象台)」『朝日新聞』1996.10.21(夕刊); 「「旭日旗騒動」の中国人気女優が共産党に入党申請 「自分鍛えるプロセスに」」『読売新聞』2003.1.4.

*11:この点については、木村 前掲 p.25-26 同論文では、従来日の丸が問題とされていたことを指摘し、その後の問題化の経緯をメディアデータベースから分析している

*12:例えば、「[みんなの広場]絶対に掲げないでほしい旭日旗」『毎日新聞』1999.5.19.

*13:田岡俊次「艦旗乱用に海自は迷惑」『AERA』2012.9.17. 旧軍、自衛隊において、旗は一定の敬意の対象であり、乱用に対しては「大切な艦旗が部外の人々により外国人の反感を招くような場所、方法で使われたり、特定の政治思想の象徴にされたりしてはまことに迷惑」(海上幕僚監部)という