読書は人間の夢を見るか

平々凡々な社会人の読書と考えたこと。本文・写真についてはCC-BY-SA。当然ながら引用部分等の著作権は原文著者に属します。

1円拾わなかった話

チリン

 

朝の混雑した駅のホームから、エスカレーターに乗り込む。

と、同時に時間を確認しようと、ポケットのスマホに手をやったときのことだった。

指に残るかすかな感触。軽い音。

1円玉だ。

昨日、売店で貰ったおつりが残っていたのだろう。

 

ふと思い出す。

1円玉を見つけた時には、すでに1円分以上のエネルギーを使っているという話を。

探して拾うことを考えたら収支は赤字だろう。

ただでさえ混雑しているエスカレーターの乗り込み口。迷惑にもなる。

さらに言えば遅刻しそうだ。

言い訳を探しながら、体はどんどんと上昇していく。

どうだ、もう拾えない。

 

「落としましたよ」

と、後方から若い女性の声がする。

わざわざ他人が落とした1円玉を拾ってくれるなんて、天使のような人だ。

ちょっとした罪悪感を追い出すことに努めていた私は、振り返ることもできなかった。

「あ、す、すいません」

言葉を絞り出しても、そんなもの。

たいした感謝の言葉も言えない、都会の人になってしまったか。

1円玉を財布にしまい込みながら、そんなことを考えていると、

もう降り口に差し掛かる。

 

道すがら、1円分の後悔と自責がグルグルと頭をめぐる。

そうして1銭にもならない駄文を書き散らすのだった。

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