靴ひもを通してもらったはなし
僕の革靴はボロボロだ。
つま先は傷つき、見事な餃子型になっている。
ビジネスマンは足元から、という人からみれば、
ビジネスマンの足元にも置けないということになるだろう。
いいのだ。ボロボロに擦り切れるまで精一杯。そんな美学もある。
それでも、靴ひもが切れては歩けない。
これまでも何度か替えてきたが、経験上、そろそろ切れる。
そう思ったある日、僕は靴屋に向かった。
真新しい靴が並ぶその空間は、なんとなく踏み入れることを躊躇させる。
何とか分け入っていくと、靴ひもをみつけた。
隣には、靴の修理と靴磨きのコーナー。
清潔感のある若いお兄さんが、靴の手入れをしている。
何か言われるんじゃないかと内心びくびくしながら、
ひもを見比べる。
丸ひもか、平ひもか、長さも、いろいろあるぞ。
清水の舞台から飛び降りるつもりで、200円の丸ひもに。
お兄さんに手渡す。
「よろしければ、お通ししましょうか」
明るく、優しい声だ。
このボロ靴に、200円のひもなんですけど、いいんでしょうか、
そう思いながらソファーに腰かけ、靴を渡す。
「もしかすると、こちらの300円のひものほうが合うかもしれません。
100円お高くなってしまうのですが…」
そうですか。同じひもに見えますが、でもそうなんでしょうね。
お願いします。
お兄さんは、ボロ靴から、丁寧に、
そんな靴をも、いつくしむように丁寧に、ひもを外し、
新しいひもを通してくれた。
そして、僕の渡した500円玉をもって、奥のレジまで走っていった。
申し訳ないことしちゃったな、と思いながらも、
僕はまたこの店に来る時のことを考えていた。
明日からまたこの靴を履いて、
丁寧にひもを通そう。
丁寧に精一杯。それだけでもいいのだ。