読書は人間の夢を見るか

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256手ルールをめぐる疑問―AIとルールの付き合い方

2017年11月12日に開催された第5回将棋電王トーナメント(主催:dwango公益社団法人日本将棋連盟*1決勝トーナメント第2回戦 shotgun対Yorkieは、257手目に詰みの局面を迎え、先手shotgunの勝利となった。

この局面で問題とされたのが、コンピュータ将棋界におけるいわゆる「256手ルール」である。256手ルールとは、256手を迎えた時点で勝敗がついていない場合には、当該対局を(原則として)引分にする、というものである。当該条項は運営上の都合による手数制限の一種である*2

ところが、当該対局においては257手目の局面が詰みであることを理由として、立会人(勝又清和六段)が先手の勝ちを裁定したことから、視聴者等を中心に批判があった。*3

とりわけ問題とされたのは、(1)前日には257手目に宣言勝ちの局面が現われたにもかかわらず、引分と裁定されていること、(2)負けとなったYorkieは256手で引分というルールに基づきプログラミングされており、より長手数となる手順があったにもかかわらずこれを選ばなかったこと、である。

AIとルールという問題を考えるにあたり示唆される点も少なくないと考え、考えたことをメモしておく次第である。

以下、

 

の3点を論じる。

 

1.判断の時点

当該条項の記述は以下のとおりである。

 

(引き分けの判定)第22条 予選リーグ、決勝トーナメント共に、256 手を超えて、対局が続く場合、立会人がどちらのソフトの負けとも判定せず、千日手でもないときは、その対局を引き分けとする。

*4

 

これは、WCSC27回大会の以下のルール*5をモデルとしていると考えられる。

 手数が256手に達し、審判がどちらのプログラムの負けとも判定せず、千日手でもないときは、引き分けとする。なお、256手目をもって先手プログラムが本条第1項第一号に定める局面になった場合は先手プログラムの負けとする。

 ここで、WCSC27ルールでは、第2文から256手指し終わり時点で判断を行うことは明らかである(2016年12月の改訂で付け加えられた)。

また、電王トーナメントルールについても、(「引き分けとすることができる」ではなく)「256手を超えて、対局が続く場合…引き分けとする」とあることから、ある一時点において判断を行うことは明らかである。また、その時点は、(1)参考としたルール、(2)(「257手以上」ではなく)「超えた」という表記、(3)257手まで指されるとすると先手の有利が拡大する、といった観点から256手指し終わり時点とするのが相当であるように思われる。(256手を超えて、という表記がある以上255手以下や、258手に至ってからの判断とは考えにくい)

この対局の場合、大勢は決しており、確かに257手目で詰みの状態に至ったが、1手詰を発見できない場合も可能性としてはありうる(羽生棋聖も一手詰のところに逃げたことがあるし、コンピュータ将棋が明確な詰みを逃すケースも散見される)。

ここでは、257手目以降の情報は考慮に入れず、256手目時点をもとに判断すべきではなかったか。

 

2.立会人の権限

立会人は裁定の権限として当該条項における「立会人がどちらのソフトの負けとも判定せず」をあげる。しかし、第23条において、立会人による勝敗判定が規定されていることに鑑みれば、当該条項が新たに無条件の裁定権を与えたものとは考えにくい。

23条は以下の通り定める。

(立会人による勝敗判定)
第 23 条
次の各号に掲げる場合、立会人はそのソフトの負けと判定する。ただし、同時に両者がこの条件を満たした場合はその限りではない。
一 将棋のルールに則った指し手が存在しない局面になった場合。
二 累積消費時間が指定された持ち時間に達した場合。
三 ルール上指せない手を指した場合。
四 相手が正当な入玉宣言を行った場合。
五 正当でない入玉宣言を行った場合。
六 LAN 対戦において、CSA サーバプロトコル ver.1.1.3 に規定されない通信を行い問題が発生した場合。
七 5 手目思考開始後、ソフトの終了等により指し手の入出力が不可能となった場合。
ただし、原因が主催者側にある場合はその限りではない。
八 中断後、立会人が指定した局面・手番・消費時間からの再開がスムーズにできない場合。
九 本規程で禁止される行為を行ったと立会人が判定した場合。
通信ケーブルや電源切断等の事故、あるいは対戦サーバの不具合により中断した場合は、立会人が勝敗・引き分け・再戦・途中局面からの再開等の扱いを決定する。
本大会の進行上問題が生じた場合、対戦の途中であっても、立会人が勝敗(引き分けを含む)を決定することがある。
その他、トラブルがあった場合は、立会人が勝敗・引き分け・再戦・途中局面からの再開等の扱いを決定する。

当該対局は、(少なくとも256手時点で)1号から9号には該当しない。

問題となるのは「進行上問題」と「トラブル」条項である。

しかしながら、当該条項は不測の事態を想定したものであろう。であれば、256手ルールを明文で定めている以上、この規定を適用することは許されないと考えられる。

よって、裁定はその権限の上でも、疑問がある。

(ただし、そもそもルールの変更を含めた権限は主催者側にあり、判断自体を否定することはできない)

 

3.今後のルールに向けて

 プログラムは、事前に設定されたルールに基づき設計される。

自動運転車において「トロッコ問題」がクローズアップされるゆえんである。

今回の問題は、事前のルールに対する解釈が、主催者側(257手目以降も続くことがある)、参加者(256手で引分)で異なったことに第一の原因がある。ルールの明確性(立会人の権限も含む)*6やそれに対する合意が必要であるように思われる。

次に、手数として相当か、という問題である。近年のコンピュータ将棋は長手数化の傾向があるといわれ、256手が稀な事例ではなくなってきている。その中で、これを引分の基準とすることを是とできるか(ゲームの質が変わるのではないか)。

最後に(特にトーナメント形式の決勝において)時間節約の手段として適切か、という問題である。元々、運営上の都合(時間節約)で作られたルールであるが、指しつげば終わっている対局のために、再戦する必要が生じる可能性がある。別のルール(切れ負け、相入玉時の特別規定、暫定球的同時対局など)を設けることも考えられるのではないか。

以上の三点は、(1)明確なルールへの合意、(2)プログラムによる常識の変更、(3)ルールの本質への回帰、とまとめられるが、これは将棋プログラムに留まらない点のように感じられた。

人間を超えてまだまだ成長し続ける将棋プログラム。いつも楽しませていただいているけれども、今後一層の発展を期待したい。

*1:第5回 将棋電王トーナメント | ニコニコ動画

*2:世界コンピュータ将棋選手権(WCSC)に関する滝澤武信氏の記述による。電王トーナメントのルールは、WCSCのルールを参考にして作られている

*3:なお、shotgun作者は再戦を主張した。256手ルールが前大会から改変されていた件 | やねうら王 公式サイト

*4:http://denou.jp/tournament2017/img/rule/denou_tournament_rule2017.pdf

*5:http://www2.computer-shogi.org/wcsc27/rule.pdf

*6:正直言ってルールが曖昧で読みにくい部分がある