読書は人間の夢を見るか

平々凡々な社会人の読書と考えたこと。本文・写真についてはCC-BY-SA。当然ながら引用部分等の著作権は原文著者に属します。

よだれ鶏(口水鸡)の怪

ある日のことである。

Wikipediaを見ていると、よだれ鶏の項目がたっていないことに気が付いた*1

いつも、Wikipediaにはお世話になっている私のことである。たまには、貢献できないかと思い、一路、味の素食の文化ライブラリー*2へと向かった。

 

甘く見ていた。

よだれ鶏といえば、今やすっかりメジャーなメニュー*3

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よだれ鶏(自作)

レシピブックなり、辞典類なりを当たれば、すぐに情報が出てくると思っていた。

しかし出てこない。

『中国料理大全』、『中国名菜集錦』、『中国料理百科事典』めくっていっても、よだれ鶏という言葉は出てこない*4

似た料理は、出てくるのだ。

棒棒鶏は横に置くとしても、椒麻鶏*5や怪味鶏*6は、かなり近い線をいっている。むしろ、これの別名なのでは?とも思うのだけれど、よだれ鶏に関連付ける記述が出なかった。

そこで、気分を変えて、百度百科を見てみると、重要なことがわかった。

郭沫若在所著《賟波曲》中,有:"少年时代在故乡四川吃的白砍鸡,白生生的肉块,红殷殷的油辣子海椒,现在想来还口水长流……。"烹调赐拈来"口水"两字,倒成就了大名鼎鼎的"口水鸡"。 (口水鸡_百度百科)

どうやら、郭沫若という文人が、『賟波曲』という著作の中で、少年時代故郷の四川で食べた鶏料理(白砍鸡)を思い出すとよだれ(口水)が出てくるというようなことを書いており、これが料理名のもととなった、ということなのである。

では、とにかく『賟波曲』を見てみようではないか…と思ったけれども、そういう名前の書籍が出てこない。あきらめずに、少し頭をひねっていると、郭沫若には、自伝集がある*7ことに気が付いた。そこに収載の「私の幼少年時代」を見てみると…ついに発見した。少年時代なのに、学校の門を抜け出して酒を飲んでいるところである。

私たちはその近所で白斬鶏(パイチャンチ)を買ってさかなにした。嘉定の町の白斬鶏はとくに有名だった。作り方は簡単で鶏を水に入れて丸煮にし、よく煮えてから肉をうすく切り、トウガラシ醤油を加えてかきまぜるのである…(中略)…まっ白の鶏肉、真っ赤なトウガラシ、濃厚な醤油、…こう書きながらも、つばが思わずわいてくる。

(小野忍・丸山昇訳『郭沫若自伝1』平凡社, 1967, p.68.)

まさによだれ鶏である。

そして、これが由来ということなれば、よだれ鶏=白斬鶏となる。条件は、鶏肉の薄切りにトウガラシ醤油。いや、椒麻鶏、怪味鶏のようなソースであっても構わないのではないか*8

よだれが出るのであれば。

 

Wikipediaに書き込めるようなことがなかったので憂さ晴らしに書いてみた。口水鶏という名前が使われるようになったのは、どうもここ数十年のことのようである。書物を探すのならば、近年のモノをあらわなければならない)

 

 

*1:四川料理 - Wikipedia

*2:食の文化ライブラリーは、味の素食の文化センター付設の食文化に関する専門図書館である。江戸、明治、戦前期のものを含む約40000冊を所蔵しており、誰でも利用できる。詳しくはリンク参照。味の素食の文化センター | 味の素 食の文化センター

*3:どうでもよいが、ジャスミンのがおいしいと聞いた。自分で作ったのしか食べたことないかも…JASIMINE(ジャスミン)広尾本店

*4:より正確には、一冊簡易な辞典で触れているものがあったが、ほんの一行程度の記述であった。

*5:ゆで鶏の山椒ソースがけ

*6:ゆで鶏の怪味ソースがけ

*7:洪波曲というものもその一部

*8:実質的にはソースの違いだけである