読書は人間の夢を見るか

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(衛星)放送の制度は難しい

 

 Twitterにこんなことを書き込んだ。

総務省の接待問題に絡んで、総務省の許認可権や規制監督機関*1の在り方が話題になっている。

放送に関する制度はただでさえ、難しいのに、衛星放送となってくると、相対的に話題になることが少ないテーマで、勉強することも難しい*2

誰かにまとめてほしいという期待を込めて、疑問を書いておこうと思う。(当然ながらすべて私見で所属する組織とは関係ありません)

 

書いているうちに、自分の放送観が強く出ていることに気づいた。すなわち、放送は「国民の知る権利を実質的に充足し,健全な民主主義の発達に寄与するものとして,国民に広く普及されるべきもの」*3として、制度によって*4確定された表現手段だ、という見方だ。とすれば、放送を形作る制度は、その目的に適合的である必要がある。というか、そうでないとすればわざわざ規制する必要は薄れていると言えるかもしれない*5

 

さて、衛星放送の参入規制の方式を、現在提案されていることを踏まえて、分類すると、

①衛星トランスポンダの割当(私企業間の契約に任せる/オークション/比較審査)

②許認可(免許・認定等)の有無

の二段階に分けて考えることができそうだ。①は②の前提であり得るが、議論の中でそのあたりがどこまで意識されているのか、というあたりそもそもよくわからないところ。

 

上の記事で指摘されている通り、衛星のトランスポンダの割当に直接放送の規制監督機関が関与しているケースは少ないのではないかと感じる。例えば、イギリスの地デジ以外の免許のガイダンスには、免許があっても放送できることは保証しないから、プラットフォーム事業者とコンタクトとってね、とある*6。このような手法をとる場合には、プラットフォーム事業者に対する規制の在り方についても検討する必要がある*7

一方、オークションすればいいという主張もありうる。しかしこれには難しい部分もある。

というのも、無線局の免許自体は衛星の運用を行う者に与えられているのであって、トランスポンダの割当を(規制監督側で)オークションした場合、衛星の運用事業者側が得られる利益を害することにつながる。仮に無線局の免許をオークションする場合には、そちらの入札価格にも影響が出るだろう*8

市場にゆだねるにしても、オークションをするにしても、許認可制度との関係が問題となるだろう。つまり、何のための許認可制度なのか、あるいは、許認可制度が別にあるにもかかわらず、さらにオークションで介入する正当性は何か。

 

そのためには、許認可制度の性質も考えていく必要がある。従来、放送の規制は電波の希少性や特殊な影響力を考慮したものであるといった整理が行われてきた*9

しかし、日本では、表現の自由との兼ね合い、放送法の規定ぶり等から、放送の個別具体的な内容に基づく、許認可の取り消し等は行われるべきではないと考えられてきたように思われる*10。その場合、参入時点での審査は大きな意味を持つだろう。内容規制を行わず、参入時点での審査も市場的な手段によるのであれば、そもそも何のための許認可制度なのか、という疑問がわくことになる*11

 

この点には、関連して提案されている規制機関の独立規制機関化の問題も関係する。

*12

確かに、多くの国では、放送の規制監督は合議制の独立規制機関が行っていることが指摘され、日本でも、民主党政権時代に「日本版FCC」に関する検討が進められたことがある*13

諸外国においては、法律上、放送に対する規制の内容が明確化され、独立した機関による処罰が行われる。

日本の放送法では、規制内容は必ずしも明確ではなく、インフォーマルな介入が示唆されるケースがあるが、法律上の目的を達成するための自主的な規律に重きを置く「日本モデル」に一定の評価を与えることもあり得る*14

 

素直に欧州型の規制の組み合わせを採るならば、

独立規制機関+ソフト免許と比較的厳格な内容規制+伝送容量の割当には関与しない

となるかもしれないけれど、それが日本のメディア環境の実情に照らして正しいのかどうか。まぁ、なかなか難しい問題がありそうだ、ということまでは分かる。

 

さらに言えば、衛星放送に関する許認可は2種類に分かれている、という点も話を複雑にする。

一般的なCS放送と関係する一般放送の制度に比して、BS・東経110度CS*15は基幹放送の認定制度は国の介入が強い。そもそも、BS/CSのようなところで制度を区切ること自体、一般的とは言えないようだ*16

制度上の基幹放送と一般放送の分類が恣意的になるということは、平成22年の放送法改正の時にも指摘されていた。ただ、こうした区別を設けること自体が悪いかといえば、必ずしもそうとは言えないだろう。地上波、衛星、ケーブル、果てはインターネットと伝送路の区別を意識することが少なくなっている中で、規制の在り方をむしろそのコンテンツに要請される公共性の在り方によって決める*17、ということには少なからず、合理性があるように思う*18。基幹放送でできなければ、一般放送でやればよい、ということもできるかもしれない*19

このように考えたときに、どのような放送の区分にどのような規律を適用すべきか、ということには難しい問題があることがわかる*20

 

このように、衛星放送に関する制度を諸外国と比較しながら見ていくと、部分的な問題ではなく、様々な制度や理念に波及していくことになるように思われる。あちらを変えればこちらに影響が及び、問題が連鎖していく。

(衛星)放送の制度は難しい。

 

 

 

 

 

 

 

*1:諸外国では、通信・放送の規制監督は一定の独立性を有する合議制の機関が担うことが一般的

*2:実際その辺のむずかしさが、総務省・事業者による制度の独占につながると思う。以下も少し意味合いが違うか。携帯通話料値下げ問題を「日本の仕組み」から考える - 茂垣 昌宏|論座 - 朝日新聞社の言論サイト

*3:最高裁大法廷平成29年12月6日判決https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/281/087281_hanrei.pdf

*4:『メディア法研究』1号所収の「放送法の過去・現在・未来〔濱田純一,宍戸常寿,曽我部真裕,本橋春紀,山田健太〕」など参照

*5:規制改革会議で放送法4条廃止論が出たと報じられたり、同条違憲説があったりというのはよく知られている放送法4条撤廃の言及なくても消えぬ民放の危機感 - 川本裕司|論座 - 朝日新聞社の言論サイト

*6:https://www.ofcom.org.uk/__data/assets/pdf_file/0024/209409/tlcs-guidance-notes-for-applicants.pdf

*7:提供条件の同一性などの規定が必要かどうか

*8:衛星の周波数割当がオークションで行われる例がどれほどあるかは不明。オークションが有効であるためには、需要が超過する必要があるが、衛星の場合どうかという問題もある。 https://www.soumu.go.jp/main_content/000121936.pdf

*9:清水直樹「放送法の規制の在り方の動の放送:放送法の規制編集法規制性を中心に」『レファレンス』2016.10 https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10205864_po_078904.pdf?contentNo=1&alternativeNo=

*10:政府見解としては、行うことができる

*11:今話題の外資規制とかありますし、実際一般放送の制度は割とこちらに近いと思いますが

*12:「放送と通信の境がなくなってきているのも事実」電波行政について菅総理(ABEMA TIMES) - Yahoo!ニュース

*13:総務省|今後のICT分野における国民の権利保障等の在り方を考えるフォーラム|今後のICT分野における国民の権利保障等の在り方を考えるフォーラム

*14:曽我部真裕「放送番組規律の「日本モデル」の形成と展開」『憲法改革の理念と展開 : 大石眞先生還暦記念 (下巻)』https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/173401/1/sogabe_BB09062096_372.pdf  ; 鈴木秀美放送法における表現の自由と知る権利」『憲法の規範力とメディア法 (講座 憲法の規範力 【第4巻】)』信山社, 2015.

*15:BSと同じ軌道上で視聴しやすい

*16:例えば、米英では分類されていない様子https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/policyreports/chousa/eisei_houso/pdf/051014_2_san2.pdf

*17:日本のBSは昭和50年代にNHKが難視聴対策として始めたものが端緒となっており、その意味では、地上波の補完的なものがBSであったと言えるかもしれない

*18:「放送制度の将来と放送法」『法律時報』1995.7,  pp.28-53でもそのような議論があった記憶がある

*19:衛星の一般放送事業者の数は少ない、というのも難しい話だ。ソフト事業者に対する規律だが、実質的にはプラットフォーム事業者によっていて、番組は業務委託によるという形式になるだろうか。

*20:外国との比較を載せておいてなんだけれど、外国と日本では、各種の伝送路の位置づけが全く異なる。例えば、ドイツでは地上波は補完的なものにすぎず、しかも、民放は有料放送だったりする。公共放送にしても、多チャンネルを各伝送路で同じように流していたりする。また、公共放送と民間放送のバランスも異なる。